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作品の紹介
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『橋のない川』1部~7部(新潮社)
第1部
1961年刊行
1909(明治42)年。大和盆地の小村小森。
日露戦争で父を失った誠太郎と孝二は、貧しい暮らしながら、温かな祖母と母に守られて尋常小学校に通うが、エタという理由で仲間はずれにされる。言われなき差別に苦しみながらもなお真摯に生きてゆこうとする。
明治天皇ご大祭の夜、孝二は想いを寄せていた少女まちえから手を握られ、胸を熱くする。
第2部
1961年刊行
1914(大正3)年。誠太郎は大阪の米屋に奉公し、孝二は松川高等小学校に進み副委員長に選ばれる。そして、兄に代わって祖母と母の仕事を助ける。
自分の手を握ったまちえの本心を知らされた時、悲しみに胸をふさぎつつも、なおまちえのことを思い続ける。
孝二は京都への修学旅行を楽しみにしていた。しかし旅先の旅館の4人部屋で、1人減り2人減り遂に孝二1人となり孤独な夜を過ごすはめとなる。そのような級友たちの冷たい仕打ちにも耐えて、大人へと成長する。
第3部
1963年刊行
1917(大正6)年。大阪の米屋で働く誠太郎は、米騒動で先頭に立つ刺青の男と出会う。義侠心のある彼のおかげで米倉が開かれていくが、彼は無期懲役に処せられ、その息子熊夫は小森の叔母に引き取られる。
米屋の娘は部落出身であることを知らされずに明るく育つ。その娘と誠太郎の縁談話が持ち上がるが、誠太郎は娘のことを大切に思い、心を痛める。そんな中で、誠太郎はついに入営する。
第4部
1964年刊行
1919(大正8)年。18歳に成長した孝二は、祖母、母とともに農作業に励みつつ、草履職人としても働いていた。貞夫と松川高等小学校の同窓会に出席した孝二は、差別意識に満ちた会員たちに向かって、宇宙の真理や人間平等について、毅然として訴える。そこには教師として赴任して来たまちえがいて、孝二はどうしようもない想いを抱きつつ、彼女が人間的に成長したことを喜ぶ。
1921(大正10)年11月、無事に満期除隊した誠太郎は、望まれて大阪の米屋安井家の入り婿となる。
一方画家として東京に出ながら被差別部落出身ということで地元に戻ってきた寺の息子村上秀昭は、全国水平社結成のため立ち上がる。
第5部
1970年刊行
1922(大正11)年。3月3日、全国水平社は結成された。故なき差別に泣かされてきた人々は、これを拠点に力強く立ち上がる。しかし、古い因襲と偏見による抑圧に対する人々の抵抗の激しい騒ぎの中で、 反乱分子として孝二らは捕らえられる。母のふでや、祖母のぬいは孝二たちを心配しながらも、日々の暮らしを堅実にすすめていく。そして、真実と正義を求める人々の声は、消えることなく全国各地に広まっていく。
第6部
1973年刊行
1923(大正12年)。関東大震災が起きる。かね小母やんの娘はるえは夫が朝鮮人であったため、地震直後のパニックにより夫を虐殺され、子供も亡くして小森に戻ってくる。そんな東京に、復興の景気を目指して隣人の藤作は大工として上京する。一方、孝二も甘粕大尉により民権運動を支持していた大杉栄、伊藤野枝が虐殺された事件のため東京へ向かった。
第7部 1992年刊行
1924(大正13年)。水平社結成から2年、小森の人たちの意識は根底から変わりつつあった。熊夫はすくすくと成長し、友人の信吉はかわいがっていたアスカという肉牛を皇室に献上するため高値で売られてしまう。
第6部完結から20年を経て再び高らかに謳われる人間賛歌。
『夜あけ朝あけ』
(新潮社) 1954年刊行
毎日、筑波山を見て育った4人の兄妹。父は、太平洋戦争中戦死した。兄妹は 母を助けて畑仕事に精を出すが、その母も破傷風によって急死。祖母を囲み小さな手をとりあって汗を流して、土に生きる彼らの純粋な美しさを謳った名作。毎日出版文化賞受賞。
『愛といのちと』
<犬田 卯共著>(大日本雄弁会講談社)1957年刊行 (新潮社)1984年刊行
苦難にみちた農民文学運動のすえ神経を病み、死の淵でなお苦闘を続ける夫と、それをいたわり励ましながら来し方を振り返る妻。共通の目的に向かって歩みつづけた日々の記録。
『向い風』
(大日本雄弁会講談社)1958年刊行 (新潮社)1982刊行
戦死したはずの夫がシベリヤから帰ってくる。家を絶やさないためにと言い寄られ、すでに義父との間に子をなしていたのに。主人公ゆみの、理不尽な人生をモチーフに、農地解放直後の牛久沼の農村を背景とした人間模様を描く。
『住井すゑ対話集』
(労働旬報)
山田洋次との1960年の対話から1995年の野坂昭如との対話まで、著名な22人との貴重な対話の記録集。「橋のない川に橋を」ほか全3巻。
『野づらは星あかり』
(新潮社) 1978年刊行
敗戦により、世の中のシステムが日々変わっていく中で、農業のあり方も自分たちの意思に拘わらず変わっていく。たとえ鼻輪を通された牛のように誰かに利用されようとも、大地を信じ、土にまみれて働けば、きっと明るい未来があると。終戦直後の牛久沼の農村を背景に、苦しい中にも笑いに満ちあふれた人々の暮らしぶりを描く。
『牛久沼のほとり』
(暮しの手帖社) 1983年刊行
牛久沼のほとりで暮らす住井すゑは、大地のエクボと表現するほどその沼を愛していた。牛久沼の風土を背景に日々の生活模様を綴った随筆集。
『八十歳の宣言-人間を生きる-』
(人文書院) 1984年刊行
時間の前にすべての人間は平等である。そして文化を守ることは生命を大切にすること。生命を大切にしない人は文化人とはいえない。また地球上の火、水、土の調和を保つこと、そこたくまざる宇宙の法則があり、そこから物を見る。80年真摯に生きた『橋のない川』の著者が、さらに人間として生きるための宣言。現代の問題点を柔軟に指摘し発言する。
『いのちは育つ-抱樸舎から-』
(人文書院)1985年刊行
人類の母性は人以上の人も、人以下の人も生まない。どんな生きものも貴賤の別なく地球の調和に役立っている。その信念に貫き、未来を予見して生きる83歳の勇気あるエッセイ集。現代の教育、農業、食糧自給、環境問題などを力強く語る。
『地球の一角から』<正・続>
(人文書院)1986年刊行
人間どこに居ようと、そこは等しく地球の一角。なにを捉えても地球の一部分。そこに地球が存在し、地球につながる宇宙がひかえているという地球人としての開眼のもとに、自然の恩恵に感謝し、人間としての生き方を守り通す気骨あるエッセイ集。毎日新聞「女のしんぶん」に連載されたものを正・続2冊として刊行。
『わたしの童話』
(労働旬報社)1988年 (新潮社)1992年刊行
『橋のない川』も一つの童話だ、と語る著者の深遠な哲学に裏打ちされた童話7編に「農民イソップ」とロング・インタビューを収録。
特に「ピーマン大王」と「たなばたさま」は有名で、ほかの作品の中でも引用されている。
『時に聴く-反骨対談-』
<寿岳文章共著> (人文書院)1989年刊行
至高天に座れるのは、日本人では西光万吉、という英文学者寿岳文章の発言に感動した作家住井すゑが地球上すべて平等の精神で生きる寿岳を京都向日居に訪ねる。明治、大正、昭和の3時代を通して、見たこと、考えたことを大いに語り合う。反骨の2人が語る生きた歴史。
『いのちに始まる』
(大和書房) 1997年刊行
95歳の今、人間として最も大切なことは何かを、静かに、しかし決然と語る。
この世に生まれ死んでいく‥‥。時間のうえで人間は平等であり、人間に貴賤をつけ自由を奪う天皇制は人為であり差別の根源だと喝破し、文化とはいのちを守ること、という信念を自らの生き方のうえでも貫いてきた住井すゑ・最後の肉声。
その他の作品
『住井すゑ/一庶民との対話 人為を越えて』宇都宮晃編著 筑波書林 2000
『相剋 長編』住井すゑ子 表現社 1921
『農婦譚』住井すゑ子 青梧堂 1940
『子供の村』住井すえ子 青梧堂 1941
『子供日本』住井すゑ子 青梧堂 1942
『土の女たち』住井すゑ 日月書院 1942
『日本地理学の先駆長久保赤水』住井すゑ子 精華房 1943
『大地の倫理』住井すゑ子 日独書院 1943
『小説佐久良東雄』住井すゑ子 精華房 1943
『ナイチンゲール』小学館の幼年文庫 1955
『地の星座』汐文社 1963
『たなばたさま』滝平二郎絵 河出書房新社(住井すゑとの絵本集)1982
『ピーマン大王』ラヨス・コンドル絵 河出書房新社(住井すゑとの絵本集)1982
『まんげつのはなし』田島征彦絵 河出書房新社(住井すゑとの絵本集)1982
『かっぱのサルマタ』佐野洋子絵 河出書房新社(住井すゑとの絵本集)1983
『空になったかがみ』ハタオ絵 河出書房新社(住井すゑとの絵本集)1983
『いのちは育つ 抱樸舎から』人文書院 1985
『ふたごのおうま』河出書房新社(メルヘンの森)1986
『住井すゑ・初期短編集』全3巻 冬樹社 1989
『わたしの少年少女物語』全2巻 労働旬報社 1989
『さよなら天皇制』かもがわブックレット 1990
『二十一世紀へ託す 『橋のない川』断想』解放出版社 1992
『九十歳の人間宣言』岩波ブックレット 1992
『人間みな平等』岩波ブックレット 1994
『住井すゑ作品集』全8巻 新潮社 1998-1999