飯塚古登頌徳碑

所在地 龍ケ崎市長沖町

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旧北文間小学校入口に建っています。

飯塚古登は。長興小学校(後の龍ケ崎市立北文間小学校《廃校》)の校舎を新築するにあたり、飯塚は寄附を募り、私財と敷地を提供して子どもたちの教育に尽力しました。

明治17年(1884)女性初の藍綬褒章を受賞しています。

飯塚古登について

相馬郡古戸村(我孫子市古戸〕に生まれました。天保(てんぽう)8年(1837)、14歳の時に江戸に出て上総藩主に仕え、17歳で相馬郡長沖村(現龍ケ崎市長沖町)の大農家、飯塚松五郎と結婚。

(ぶん)(きゅう)2年(1862)水害で疲弊した長沖村を麻疹が大流行し、多くの村民が亡くなりました。古登の旦那松五郎は農業の傍ら困った人や親を亡くした子どもの世話をしました。その疲れから翌年病気で亡くなりました。松五郎の意思を継いだ古登は恵まれない人や困った人の生活の面倒を見続けました。

学ぶことの大切さを知った古登は、村の子どもを集めて、読み書きソロバン、女子には裁縫を教えました。その数は150名を超(こ)えたそうです。また、親のいない子どもを引き取って自分の子どものように育て、ひとり立ちするまで世話をしたそうです。