八幡神社

所在地 龍ケ崎市半田町655

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半田町の鎮守です。祭神は誉田別命(ほむだわけのみこと)。応神天皇と同一視されて、清和源氏、桓武平氏など全国の武家から武運の神として崇められました。全国に約44,000社あり、大分県宇佐市の宇佐神宮を総本社とし、八幡様でお馴染みの日本一多い神社です。しかし、龍ケ崎市内では川原代の八幡神社とここを合わせ2社だけです。京都・石清水八幡宮や清和源氏の氏神様である鎌倉の鶴岡八幡宮が著名です。

当地の八幡神社は、社伝では、南北朝動乱初期の延元3年(1337=建武5年)に山城国・男山八幡宮(石清水八幡宮)を勧請したとされます。この前年、延元2年(1336=建武4年)、南朝の北畠顕家(北畠親房長男)は、足利尊氏討伐のため奥州より南下して足利方の関東の拠点・鎌倉を攻め落とします。この顕家の挙兵を支援するため、半田の人々は白幡を揚げて戦勝を祈願したといわれています。南朝の元号を使っていることからも、この地域は、南朝方の勢力下にあったと推測できます。また、川原代の八幡神社も源氏や南朝方との関係が伝えられています。

明治39年(1906)の神社合祀令により、明治42年(1909)村内の無格社大杉神社、翌年大日神社を合祀しました。

現社殿は正徳2年(1712)に造営されました。平成3年に境内の参道敷石、石段、燈籠、狛犬、手水舎、扁額などが新調され、また神殿は平成7年に改修されました。

神殿脇のお堂には三峯神社、天満宮、水神宮、厳島神社(弁天様)が祀られています。また、他所から移したものも含め、境内入口及び脇には女人講のための観音菩薩が多数祀られています。

境内の石塔

女人講塔