神宮寺跡

所在地 龍ケ崎市南中島町35

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寛文2年(1662)から明治6年(1873)の211年間中嶋村(現龍ケ崎市南中島町)に存在した真言宗の寺院。

裏面には次のことが書かれています。

南中嶋には寛文二年に開創した真言宗の寺院がありました。この寺は八幡山宝珠院神宮寺と号し、土浦市永国、大聖寺の直門徒寺として地元は素より若柴、稲荷新田、川原代住民の厚い信仰を集めておりました。

明治初頭迄は、六百五十坪の境内地に本堂二十七坪、建家十坪、薬師堂四坪、四ツ足門等伽藍も揃い田地田畑もある落ち着いた寺院として存在していた様です。その後、残念乍ら明治六年には、廃寺となってしまいましたが、三百年の昔は繁盛していた寺院であったことが文献によって判っております。この墓地を整地した時に判りましたが、当墓所にある僧侶の墓石は当時の村民が建立したもので村と住職との密接な関係が今尚伝ってきます。神宮寺がここ南中嶋に存在していた歴史的事実を後世に伝える事は、私共の責務と思いこの地に記念碑を建設する次第です。

平成十一年九月吉日 南中嶋墓地管理組合

僧侶の墓石