来迎院・多宝塔

所在地 龍ケ崎市馴馬町2366

Googleマップ

来迎院は正式には箱根山宝塔寺来迎院といいます。本尊は阿弥陀如来。

永正14年(1517年)、常陸国河内郡小野村(現・稲敷市小野)の逢善寺第15代定珍和尚によってこの地に開基された天台宗のお寺。弘治2年(1556)、延暦寺の覚仙が当地に伽藍を建て中興し、寛永8年(1791)玄幸が再興したと伝えられています。寛政3年(1791)には、上野寛永寺より2百両を下賜され、本堂と庫裏が再建されました。

境内には国指定重要文化財多宝塔が建っています。 毎年12月23日に火防大祭が行われています。これは世界平和、除災招福・祈願成就の祈りを込めて近年始められた祭礼で、龍ケ崎の新たな冬の風物詩になりつつあります。儀式は、ほら貝の音とともに山伏の行列から始まり、薪(護摩木)を積み上げて夜の闇に火を燃やす護摩が行われます。クライマックスは残り火がある灰の上を修験山伏による火渡り式が行われます。

来迎院本堂

国重要文化財 多宝塔

一般には初層が正方形で上層は円形となっていて屋根は四角錐で構成される二層構成の塔を多宝塔といいます。古くは鎌倉時代から建てられている仏塔で、特に名古屋以西で多く見られます。

来迎院の多宝塔は、関東以北では大変貴重で関東以北では最古のものと言われています。平成10~12年に修復工事が行なわれ、平成18年には国の重要文化財に指定されています。

建物は三間多宝塔で、初層内部は後方寄りに来迎柱を立て、須弥壇を設けてあります。初層は各面中央に浅唐戸(さんからと)を配し、両脇は欅財の一枚板が配置されています。上層は円形平面で、廻り縁となっています。屋根はこけら葺、上・下層とも唐様の組物で下層は出組、上層は四手先となっています。塔の最上層の屋根にのせられた装飾物を相輪といいます。上から順に、宝珠、竜車、水煙、宝輪(九輪)、請花、伏鉢、露盤と呼ばれています。

建立時期は不明ですが、弘治2年(1556)の修繕時に刻まれた宝珠の銘文によると、当地の守護で江戸崎城主土岐治英(土岐治頼の子)が修繕の施主を務めていたことが分かり、建立は少なくともそれ以前と言えます。

  国重要文化財建造物 多宝塔

火防(ひぶせ)大災

毎年12月29日開催

夕方5時の花火を合図にほら貝が鳴り響く。数人の山伏たちが行列を始める。 山伏たちによる舞が始まる。そして護摩木が真っ赤に燃やされ欲望や煩悩を天上に追い、そしてクライマックスは燃え尽きた火の上を素足で渡る「火渡式」で幕を閉じる。

火防大災は来迎院の密仏である不動尊の御開扉日に併せて、宗派や教義の違いを乗り越えて世界平和、除災招福、交通安全、諸願成就などを祈祷して、護摩供火渡り大修業するものである。