羽田精機めがね橋遺構

所在地 龍ケ崎市奈戸岡

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軍需工場羽田精機 めがね橋遺構

羽田精機は砲弾や戦車を生産する工場でした。二つの丘に分かれて工場が建ち並び、その二つの丘にめがね橋が建設されていました。

終戦後この負の遺産を大急ぎで解体したようです。

以下、龍ケ崎市歴史民俗資料館HPより

羽田精機は、何度も米軍機による機銃掃射の標的となりました。当時勤務していた方の回想録には、こう記されています。
 「龍ケ崎工場の真っ青な空に銀色に光る秋刀魚や鰯のようなB29の群れ」「機銃掃射は超低空。操縦者のメガネの顔までよく見えた」「自決用に毒が支給された」「女化や馴馬の山中に逃げ目耳をふさぎ爆風にやられないよう腹這いになっていた」「医務室に運ばれる遺体をみて,私は,今日も生きていた!と…」

 終戦後、羽田精機はGHQの監視下に置かれましたが、昭和25年(1950年)にフォークリフトなどを生産する会社に譲渡され,その歴史に幕を閉じました。

昭和13年頃。建設中の羽田精機龍ケ崎工場(歴史民俗資料館HPより)