道祖神社

所在地 龍ケ崎市八代町

Googleマップ

享保17年(1732)の棟札があり、創建時のものと考えられます。Y家一族の氏神様です。

私的な神様ですが、雨乞いの行事を通して村人との関わりは深いようです。社殿には長さ7尺程の龍の彫刻が祀られています。古くから雨乞いの龍といわれ、この龍を川の中に浸し、雨乞いの祈祷をすれば雨が降るといわれています。昭和10~12年頃、破竹川の稲敷橋のたもとで、神主を呼び村人多数が集まって雨乞いの行事をしたと伝えられています。戦後、乞食が神社にたむろして火を使い、龍の彫刻に引火し、二分されたので、雨乞いのご利益を懸念するようになりました。また、この龍の彫刻を移動すると大洪水になるといういい伝えがあります。

道祖神とは、集落から外へ出ていく人の安全願い、悪疫の進入を防ぎ、村人を守る神として信仰されてきました。さらに五穀豊穣のほか、夫婦和合・子孫繁栄・縁結びなど「性の神」としても信仰を集めました。また、ときに風邪の神、足の神などとして子供を守る役割をしてきました。今日においても、道祖神と掘られた路傍の祠や、神社境内に祀られた祠を見かけることがよくあります。

境内の観音菩薩

境内には観音堂があり観世音菩薩が祀られています。この観音堂は石碑に西国三十番と記されていますので、「西国写し霊場」と考えます。当地においても西国三十三所を模した巡礼講が行われていたことを物語っています。

三十番は琵琶湖に浮かぶ島、竹生島に鎮座の宝厳寺に該当します。つまり、宝厳寺を模して巡礼講の満願を供養したのでしょう。

西国三十三所とは

観音菩薩を祀る近畿地方、奈良・京都・大阪・兵庫・和歌山・滋賀・岐阜の2府5県にまたがり33箇所の札所寺院と3箇所の番外寺院からなる観音霊場であります。 江戸時代初期からは西国三十三所巡礼を模した「西国写し霊場」の巡礼が日本全国で盛んに行われるいようになりました。