外屋代城跡

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所在地 龍ケ崎市城ノ内5丁目27-1(城ノ内小学校付近)

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小規模ながら舌状台地を巧みに利用した典型的な15世紀後半から17世紀の中世城郭となっています。詳細は不明ですが屋代城(屋代氏の居城)の支城と考えられます。

16世紀初頭の小田氏と土岐原氏の対立では屋代氏は小田氏の傘下として土岐原氏と対峙。小田氏の支援の下、城郭の拡張工事を行った可能性があります。

竜ヶ崎ニュータウン建設のため、昭和50年代中頃に中心部が破壊され消滅しました。ただし、その前の昭和52~3年度に茨城県教育財団によってこの城跡を含めた発掘調査が行われ、遺構の概要が記録されています。

城のある台地は比高18mほどで、上面は平坦です。城の北と東は急斜面で、南は東方から入り込んだ沢により緩斜面となっています。西側の北半分は自然の要害で、南半分は一部堀切で遮断されていますが、その堀切は途中で終わっていて、無防備になっています。これは何らかの事情で工事が中断され未完成の城郭であったと考えられます。

城郭は主郭と思われるⅠ郭とⅡ郭が南北に配置されていて、Ⅰ郭の方が僅かに高くなっていました。 Ⅰ郭とⅡ郭の間は東西に堀切が配置されています。堀切は上幅最大10m、深さ2.3m、低幅1.2mの箱堀となっていて、5か所で屈折しています。東側の最初の屈折部の手前にはⅠ郭とⅡ郭を結ぶ木橋が架けられていました。

龍ケ崎の中世城郭跡(龍ケ崎市教育委員会)より転載